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2015/08/29 (Sat) 15年8月公開のオススメ映画

もう8月も終わっちゃいますが、更新を忘れていたのでとりあえず載せておきます。


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オススメ映画 | trackback(0) | comment(0) |


2015/08/29 (Sat) 犬神家の一族

犬神家の一族


英題   The Inugamis
公開   1976年
上映時間 146分
製作国  日本

監督   市川崑
脚本   長田紀生/日高真也/市川崑
原作   横溝正史『犬神家の一族』

出演   石坂浩二
     島田陽子
     あおい輝彦


あらすじ
 製薬業で名を上げた、財界の大物である犬神佐兵衛が莫大な財産を残して亡くなった。互いに反目し合っている遺族たちは遺産をせしめようと、彼の遺言が公開されるのを今か今かと待ちわびていた。そんな中、かの名探偵金田一耕助が犬神家の調査を依頼され、犬神家の本宅のある那須の湖畔へと赴いた。しかし依頼人は何者かに殺害された後であった。さらに佐兵衛の長女松子の一人息子で、出兵していた佐清が顔に重傷を負って帰ってきた。親族が全員揃ったことで遺言状が公開されたが、そこには恐るべき内容が書いてあり、これが惨劇の引き金となったのである。




鑑賞日  8月28日
場所   家
評価   4点


レビュー
 恥ずかしいことに私は金田一耕助シリーズを何一つ読んだことがない。「横溝正史=子供には怖すぎる」という図式が出来上がったまま、気づいたら大人になっていた。よって原作との比較ではなく、あくまで映画としてのレビューとして書いていることに留意してほしい。

 映画を見たことがない人間でも知っているだろう、スケキヨの仮面や水面から突き出た死体の両足など、強烈なビジュアルセンスをあますことなく発揮している。予告編でも「新しい映像の創造」と謳われているが、新しいかはともかくとして、随所に美意識の感じられる映像の作りは見られる。上げたらきりがないが、特に私の目を引いたのは佐兵衛の遺影に向かって座る松子を映したシーンだ。佐兵衛という人間の狂気を、本人はただの遺影にもかかわらず、引きずり込まれるようなカメラワークで表現していた。
 ロケーションもいい。戦後すぐの那須を再現し、湖畔の風景や、今となっては見かけない独特の和洋折衷の様式もまた時代を良い意味で感じさせてくれる。市川崑自身の手によるリメイク版でも、オープニングで金田一耕助が歩く場面は今作の風景をそのままCG処理を施し合成しているというのだから、その影響がうかがえる。

 さて、上に挙げたようにこの映画はどうしても映像面に目が行きがちだが、実際のところ物語自体を引っ張っているのはキャラクターの妙である。自分の家族の利益だけをとことん追求する犬神家の面々や、序盤でしか登場しないのに強烈な印象を残す佐兵衛(三國連太郎が演じているから当然とも言えるが)、そして何と言っても主役の金田一耕助は外せない。
 一見すると彼がいなくても映画が成立するような気がするが、ストーリーのトーンや緩急をつけているのは彼の仕事だ。石坂浩二による、頼りなさげな風貌でいながら時折鋭い眼光を見せる金田一耕助は、コメディリリーフでもありまとめ役でもあるという難役を見事にこなしている。事実、この映画は恐怖描写のみならず、喜劇的なスタイルもまた魅力の一つとなっているのだ。

 しかし時代の流れを逆らうことはできないようで、いただけない部分も多分にある。その一つが時折挿入される風変わりなカットだ。なぜかスチール写真を用いたコマ割りになったり(これは映像が紛失したのかもしれないが、私は真相を知らない)、コントラストの激しいモノトーンの回想場面など、鮮烈な映像美というよりは単にくどい場面も多い。
 プロットにいまいち整合性が感じられないのもミステリーとしては褒められたものではない。これが横溝正史の原作から存在していたのか、映画にする際に翻案を行ったせいでこうなったのかは分からない。だがある登場人物の行動原理や、そのバックグラウンドなどが観客には理解しがたいものであった。

 とはいえ、私自身、最後の展開には驚かされてしまった。「スクリーム」などでも使用された脚本の捻りを70年代に行っていた点は驚嘆せざるをえない。日本人で知らないものはいないであろう「犬神家の一族」は、エンターテイメント性と上質な芸術性を見事に組み合わせた真の大衆映画と言える。

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2015/07/31 (Fri) サマーウォーズ

サマーウォーズ


英題   Summer Wars
公開   2009年
上映時間 115分
製作国  日本

監督   細田守
脚本   奥寺佐渡子

声の出演 神木隆之介
     桜庭ななみ
     谷村美月


あらすじ
 高校2年生の小磯健二はある日、憧れの先輩である篠原夏希から「バイト」と称して彼女と一緒に実家へ行くことを頼まれる。その実は「夏希の彼氏のフリをすること」だと現地で聞き、健二は渋々「バイト」をすることにする。
 そんな中、世界中の人が利用する仮想世界「OZ」が何者かによって乗っ取られる。「OZ」は現実世界の様々なシステムをも集中制御しており、乗っ取りにより世界は大混乱に陥るが、健二はその原因の一端が自分にあることに気付く。




鑑賞日  7月30日
場所   家
評価   2.5点


レビュー
 「時をかける少女」に引き続き、細田守監督作を鑑賞した。大きく話題となったのは、彼の作品群の中ではこれが初めてだと記憶しているが、実際の内容面はそれに見合うものだったのだろうか。

 物語の始まりは至って平凡な「暑い夏に憧れのあの人と…」という展開から始まる。この時点でヒロインの夏希に対してイライラを覚えていたのはもちろんなのだが。
 ともかく、序盤の展開はなかなか良くできている。高校生のラブコメ的ストーリーに、ハイテクな仮想世界を舞台とするSFをうまく絡ませられている。実際テンポも良く、夏希の親戚たちを順番に見せていく場面もくどくなり過ぎず、上手に紹介していた(ここで重要なのは個々のキャラクターよりも、親族の規模をアピールすることであるため)。

 だがその後は問題だらけだ。まずエンターテインメント作品としてはあまりにも敵キャラクターの印象が薄い。人工知能にしてしまったことが問題だとは思うが、没個性的でその造形も恐怖を感じさせるものではない。むしろ変身前の、どこぞのネズミにそっくりな姿の方がよっぽど不気味だった。それに相まって、戦闘シーンも盛り上がりにかける仕上がりになっている。なにしろ、出来の悪いデジモンとドラゴンボールの二世みたいなものなのだ。せっかく「OZ」などという仮想世界を考えたのだから、もっと自由な想像をして欲しかった。

 その次に夏希のキャラクターの弱さ。「イライラさせられた」と書いたが、印象に残っているのがそもそも序盤だけで、あとは彼女の人物像をまったく思い出すことができないほどである。なぜ主人公を真の意味で頼りにし始めるのか、どうして侘助に惹かれていたのか、なぜ彼女が一家の中心みたいな扱いをされているのか。どれもこれもまったく語られることはない。そもそも主人公を物語に巻き込んだだけで、戦いには対して役にも立っていないくせに、最後のおいしいところだけ持っていくのは筋が通らない。大体、あれほどメタファーのように扱われる花札も、なぜあれほどまで思い入れのあるものなのか分からないのだ。

 そしてこの映画のテーマにも関わることだが、「家族の絆」の描き方があまりに陳腐だと感じた。一家の大黒柱が90で大往生を迎えたことをきっかけとして、敵に反旗を翻す。これがそもそも疑問である。私自身、「旧家」といった古い繋がりを重要視する人間ではないからかもしれないが、なぜあの家族のあり方を正しいものとして描きたがるのか。もちろん今の現代社会ではなかなか見られない家族のあり方ではあると思う。だが、それにも問題点があることを一切提起せず、「家族って温かい」などという使い古されたネタを振りかざす理由がわからないのだ。
 途中、侘助という(夏希から見て)曽祖父の妾の子が登場するが、彼の存在を軽んじている点もマイナスである。自分の特異な出自から、ややニヒルな性格となっている彼に対し、攻撃的な態度をとる親族たち。ある意味、この点はリアルとも言えるが、問題はその後だ。なんと侘助が「母親(夏希の曾祖母)の死」を前にすると、なんの葛藤もなく、気づけば親族たちに協力しているのだ。彼にとって、どれほど母親の存在が大きかったのか。その表面をサラッと撫でただけで、彼の行動の根拠になると思ったら大間違いだ。それを「みんな仲良しに戻ったから解決」などと言われたら、観客も呆れかえるだろう。

 この映画にもいいところは沢山ある。先ほども言ったが、物語のペースや(少なくとも表面上は)生き生きとしたキャラクター。そして日常と非日常のバランス。しかしそれらをもってしても、以上の問題点を看過することはできない。
 ハイテク(といっても、「仮想世界」「集中管理システム」「アバター」など今まで幾度となくSFでは語り継がれ、現実では時代遅れとなりつつあるものばかりだが)なものを「古き良き伝統」に織り交ぜるのもいいアイデアだったかもしれない。だが、ただ単にセンスのあるようなアニメを作りたかったようにも受け取れる。新機軸を打ち立てたように見せながら、干からびた考えに固執している今一歩な作品となってしまった。

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2015/07/26 (Sun) 時をかける少女

時をかける少女


英題   The Girl Who Leapt Through Time
公開   2006年
上映時間 98分
製作国  日本

監督   細田守
脚本   奥寺佐渡子

声の出演 仲里依紗
     石田卓也
     板倉光隆


あらすじ
 紺野真琴は東京の下町に住む17歳の女子高生。ある日当番だった彼女は、理科室に行った際に謎の人物を見かけて転倒してしまう。それがきっかけとなりタイムリープの能力を身につけた真琴は、自分の生活が上手くいくように時間を巻き戻すようになった。そんな中、彼女には2人の男友達、間宮千昭と津田功介がいたが、彼女が能力を使うたびに彼らの関係は次第にギクシャクしていき…。




鑑賞日  7月24日
場所   家
評価   3.5点


レビュー
 幾度となく映像化され、その度に新装版が出る元祖ヤングアダルト小説のアニメ化作品である。ある一定以上の年代にとっては大林宣彦の手による尾道三部作の方が馴染み深いかもしれないが、2000年代以降の者からすれば「時かけ」といえばこちらだろう。昨今の細田守崇拝の始まりとも言える。

 さて、小説のアニメ化、と一口に言ったが、厳密に言うとこの映画はその続編と言える代物だ。主人公の紺野真琴は原作の主人公芳山和子の姪であり、「女子高生がタイムリープを繰り返す」という点以外はまったく異なると言えるだろう。原作を読んでしまった人間にとっては、この改変点を受け入れられるかどうかが重要となるかもしれない。例えばタイムリープのきっかけ。原作ではあの有名な「ラベンダーの香り」がきっかけとなるが、ここではくるみの形をした装置を押しつぶしたことによる。後者の方がSFとしてはより具体性の高いものにはなっているが、淡い青春映画を彩るアイテムとしては前者の方が優秀ではないだろうか。
 だが、別物として割り切ってしまえば、はっきり言って些細な問題だろう。むしろ下手に原作そのまま原題に設定を置き換えたりせず、原作の設定をほのかににおわせたり、不必要な説明を省略している点は好感が持てる。

 しかしながら、そもそもひとつの映画として好感が持てない点がこの映画にはたくさんある。
 その一つが主人公。はっきり言って、序盤はかなり苛立たされた。中途半端な不器用さや、大げさなセリフの一つ一つが癪に障る。高校生の恋愛をなまじ上手く描けられているせいか、その繊細さと彼女の「いかにもアニメな」言動がかなり不釣り合いなのだ。それが高校生特有の未熟さと相まって、イライラすること間違い無しである。
 もう一つは、登場人物の生活感の無さ。「青春の1ページを切り取った〜」などと形容されることがあるが、恋愛にフィーチャーしたためにこの映画は本当にそこだけしか切り取っていない。医者の息子だのなんだの、キャラクターのバックグラウンドは口頭で語られるが、それが生かされることはなく、むしろ空虚さを浮き彫りにしている。物語の鍵を握る人物と同じぐらい、全員が謎めいている。だから彼らの世界が学校とその周辺にしか存在していないような気分にさせられてしまうのだ。

 他にも細かな不満点はたくさんある。しかし、それを凌駕する素晴らしい部分をこの映画は数多く持っているのも事実だ。
 先ほど挙げた欠点と矛盾するかのようだが、実を言うと、真琴の未熟さはこの映画を魅力的にもしている。下らない理由のために能力を使いまくる。男友達との関係性を、恋愛という異質な感情で邪魔されたくないがゆえに空回りする。自分の身勝手さゆえに傷ついた人を見て、後悔し、またやり直し、また失敗する。目の前のことに必死になるあまり、全体像を顧みることができないのだ。そして、どれも高校生にとってはとてもリアルな感情ではないだろうか。
 特に終盤のシーンはそれらのピークだ。後戻りできずに一度は挫折しかけるも、一筋の希望を見出し、ただ駆け出す。その真琴のがむしゃらさが、観客の胸を打たないわけがない。タイムリープするたびに、助走し、ジャンプするのは、ただただ馬鹿げたシーンを作り上げたかっただけではないのである。
 そして別れの場面。あまりにもクサイ演出、と言えなくもないが、それを口に出すのは野暮だろう。ここでも原作と大きく異なる変更点があるが、その選択はここでは吉と出たようだ。

 荒削りだが、ひたむきで、感動させられる。主人公の真琴自体が、映画「時をかける少女」の化身なのだ。

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2015/07/25 (Sat) リーサル・ウェポン

リーサル・ウェポン


原題   Lethal Weapon
公開   1987年
上映時間 110分
製作国  アメリカ

監督   リチャード・ドナー
脚本   シェーン・ブラック

出演   メル・ギブソン
     ダニー・グローヴァー
     ゲイリー・ビジー


あらすじ
 ロサンゼルスの高層マンションからある一人の娼婦が飛び降りた。ロス市警のベテランであり、50歳の誕生日を迎えたばかりのロジャー・マータフ部長刑事は、その娼婦がベトナム戦争の同僚の娘であることを知る。そんな彼に助っ人として、麻薬課からマーティン・リッグスという刑事がやってくる。粗野で自殺願望を持つリッグスに振り回されながらも、2人は徐々に絆を深め、事件の真相を追い求める。




鑑賞日  7月24日
場所   家
評価   3.5点


レビュー
 同じ監督と出演陣で続編が3つも作られた、80年代後半から90年代を代表するアクション映画である。予告編から見てわかる通りのゴリゴリの80年代感が、今となってはなんとも言えない郷愁すらも生み出している。

 だが、内容はけっして時代錯誤なノリではない。アクション、コメディ、ドラマ部分それぞれの要素が程よくミックスされていて、テンポのいい脚本がそれらと見事にマッチしている。バディ物としても優秀で、序盤のシーンからリッグスとマータフという好対照の刑事をさっと紹介し、対立から和解(といってもシリアスなものではないが)までを中だるみなく描けている。彼らを同じ世代の人間にしなかったのもいい選択だと言える。愛情を失い、若さゆえに乱暴な手段で事件を解決しようとするリッグス。反対に家族に恵まれ、ネクタイの染みすらも気にする真面目なマータフ。本編がどうであれ、彼らの掛け合いを見ているだけでも愉快な気分に浸ることができる。

 しかし、良くも悪くもプロットの精密さには欠けている。初めの娼婦が飛び降りた理由も割と適当に流し、事件に関係のある人物は御構い無しに死んでいく。後半からはとにかく怒涛の爆発、銃撃の連続だ。痛快だが、ふとした時に「あの話はどこにいったんだろう」という気持ちにさせられることは請け合いである。(特に最後の場面はツッコまずにはいられないだろう。)
 敵にあまり魅力を感じないのも難点だろう。将軍と呼ばれる本作での親玉は、あるシーンでは狂気をほんのりと漂わせるがその後はただの卑怯者に格下げされている。その右腕であるジョシュアという男は金髪の白人という「いかにも」なスタイルでリッグスたちを圧倒するが、強さそのものは比較的現実的なレベルに留まっていて、観客を畏怖させるような存在ではない。脚本はぶっ飛んでいるのだから、倒すべき存在ももう少し現実離れしていても良かったのではないだろうか。

 まあ、見ている間はそんなことを気にする必要はない。(リアルな意味で)暴力男の片鱗を見せつつあるメル・ギブソンの狂気に満ちた眼光もさながら、ダニー・グローヴァーの地に足のついた演技も妙な渋みを映画に加えている。彼らの見事なコンボさえあれば、何も怖い物はない。まさに、この映画自体が、敵を寄せ付けない最強のシリーズ物になるきっかけとなったのである。

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