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2018/04/16 (Mon) サンライズ

sunrise.jpg


原題   Sunrise: A Song of Two Humans
公開   1927年
上映時間 95分
製作国  アメリカ

監督   F・W・ムルナウ
脚本   カール・メイヤー
原作   ヘルマン・ズーダーマン『Die Reise nach Tilsit(原題)』

出演   ジョージ・オブライエン
     ジャネット・ゲイナー
     マーガレット・リビングストン


あらすじ
 ある田舎での話。そこは避暑地としてそれなりの人気を博しており、都会から来た女もその一人だった。そこに家族と住むある男は彼女との逢瀬を重ね、それ以外の時間はたとえ妻の前でも生気を失ったように日々を過ごすだけであった。そんなある日、都会の女に唆された男は、彼女との生活を始めるために妻の殺害を決意する。そうとは知らない妻は久々の夫との外出を喜び、2人は対岸へと船を漕ぎだすのであった。





鑑賞日  18年4月11日
鑑賞方法 DVD
評価   3.5点


レビュー
 言わずと知られたサイレント期ハリウッドの名作。原題とほぼ同じ長さでの上映、かつ昨今の映画と比較してとても地味なストーリー展開。現代人が敬遠する要素が盛りだくさんですが、実際にはどうなのでしょうか。

 上記のあらすじではなかなかにサスペンスフルな印象を受けるかもしれませんが、こちらのストーリーは最序盤での話。それ以降は純粋なロマンスものとして捉えた方がいいでしょう。というより、この序盤における殺人計画の筋書きはお粗末もいいところです。もちろんそこに描かれる男の浅はかさが後々の夫婦の深まる愛への布石となるわけですが、いくら1920年代とはいえもう少しどうにかならなかったのでしょうか。妻を殺してまで手に入れたい女であるはずなのに、その都会の女との関係も大して掘り下げられないので、男がただただ間抜けな人間に思えて仕方がないのです。牧歌的な雰囲気すら漂っている殺人計画など、最早ストーリーとして機能していません。

 しかしながら、そこに伴う映画的描写はなかなかに目を見張るものがあります。男を演じるオブライエンは少々大げさではありますが、妻との愛を忘れた陰鬱な男を全身で演じています。そんな彼の演技に応えようとカメラもまた、現代に通ずる多彩な動きを見せてくれます。逢瀬の場へ向かう彼をじっとりと追いかけるカメラや、都会の女と妻との間で揺れる彼の表情を大写しにしたりと、極力言葉を用いることを排除しているがゆえに工夫された演出が見受けられます。
 また殺害を決意した後の男の表情をはっきりとは映さず、真実を知らない妻のあどけない表情をひたすらに追いかける点なども観客の不安を煽ることに効果的にはたらいています。このように登場人物自身に不安そうなセリフを言わせたり素振りをさせたりすることなく、婉曲的な表現(二人を追いかける犬、水面から一斉に飛び立つ鳥など)を用いるという選択をしたのは、監督が映画という媒体を誰よりも理解している証拠でしょう。実際その後に続く船上での場面は今見ても恐ろしく、この映画が持つマジックの一つ目であるともいえます。

 では二つ目のマジックは何か。その後の一連のシーンすべてです。私はこれほどまでに美しい流れを見たことがありません。
 後一歩のところで殺人を思いとどまった男が船を対岸に着けるところから始まります。男に恐怖した妻は必死に逃げ惑うのですが、その時初めて一言も話さなかった男が「俺を怖がるな」と口にするのです(もちろんセリフ字幕でですが)。序盤はあえて男に喋らさないことにより、男の主体性のなさ、生気が失われている様を描いているのですが、この時は表情にも力が戻っています。変な話ではありますが、妻がいなくなるかもしれない状況に直面することで初めて彼女への愛を再確認したのです。
 ここからはただひたすらに、二人のすれ違いが映し出されます。狭い車内での掛けるべき声がわからないもどかしさ、殺意から一転した真の優しさに触れてしまい溢れ出す涙など、白黒の映像ならではの光と影のコントラストが繊細な感情をより一層引き立てます。しかもこの間、台詞と言える台詞はほとんどありません。それにも関わらず、作中はもちろんのこと、映画史上最も真実に近い瞬間を生み出したのは筆舌に尽くし難いことです。
 特に二人が通りの脇に入る場面。その後の男が実際に改心する場面は白人的な宗教色が色濃くにじみ出ていますが、こちらは文句なしのロマンチックなシーンでしょう。陰陽と動静を音を使わず見事に対比することで描き切った二人だけの瞬間は、本当に息を飲む素晴らしさです。この瞬間を見るためだけでも、この映画に90分を使う価値はあるというものです。

 これ以降の場面も悪くはないのですが、如何せん前半との繋がりがちぐはぐなのです。それまでのシリアスなトーンとは一転し、妙に軽快なタッチへと切り替わり、今まで見ていた映画と同じものか目を疑うほどです。ここだけを切り取れば良くできた演出も多いものの、前述した男の性格の軽薄さを観客の頭に植え付けている以上、どうにも「真実の愛」というよりは「日常のデート」といった域を抜け出せていないように思えます。古いハリウッド映画らしい、悲喜こもごも何もかもてんこ盛りにしている醍醐味とも言えるのですが。

 けれどもこういった素晴らしいシーンの数々を台無しにするものがこの映画にあるのも事実です。『サンライズ』が時代を超えて、すべての人に愛される映画とはならない原因、それは根底に流れる「古き良き男女愛の理想」にあります。
 そもそもこの物語、都会の女にほだされた男がすべての元凶であり、彼の判断力の無さが招いた悲劇なのです。にも関わらず、最後に夫婦はハッピーエンドを迎え、制裁を受けるのは都会の女だけ。ハリウッド的大団円を全否定する気はありませんが、これではテーマも捻じ曲がるというもの。まるで、自由奔放で豊かな暮らしをしている女性は男を惑わす悪魔であり、質素で清楚な女性こそ妻にふさわしいというあまりに古びた価値観の押し付けとも取れるのです。男女観、もとい男女の垣根すらも取り払われようとしている現代では絶対に通用しない価値観のせいでこの映画は後世に残ることができなかったのでしょう。

 だからといって、テーマだけが映画の判断基準ではもちろんありません。現代映画に比肩するどころか、遥かに優れた部分があるのも事実。少なくともはっきりしているのは、この映画がなければ今のハリウッド映画は違っていたということです。

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2018/04/16 (Mon) 犬の生活

a_dogs_life.jpg


原題   A Dog's Life
公開   1918年
上映時間 33分
製作国  アメリカ

監督   チャーリー・チャップリン
脚本   チャーリー・チャップリン

出演   チャーリー・チャップリン
     エドナ・パーヴァイアンス
     シドニー・チャップリン


あらすじ
 失業している主人公は寒空の下で寝るのに耐えきれず、仕事を探すことに。しかし枠からあぶれてしまい意気消沈していると、野良犬にいじめられている一匹の犬を見つける。





鑑賞日  18年4月10日
鑑賞方法 DVD
評価   4点


レビュー
 「チャップリン」と聞いた時に多くの人がイメージするでしょう、ブカブカの服を着て山高帽を被ったちょび髭の男。その“The Little Tramp(小さな放浪者)”のキャラクター性が確立された作品と言われています。それまではチャップリンが演じる数々の人物のうちの一人に過ぎなかったこの男がなぜサイレント喜劇の象徴にまでなったのでしょうか。

 何よりも目を引くのはしっかりと決められた舞台設定。主人公が住む路地は、今と比べると多いとは言えない数のセットで構成されているのに過ぎないのに、妙な生々しさを感じさせます。序盤の乱暴な警察官や職業安定所に殺到する失業者など、それだけを切り取ってしまうと決してお気楽とは言えない背景まで見えてきます。チャップリンはあくまで画面の向こう側の話であったコメディ映画を、見ている人間にとっては残酷とも言えるリアリティで再設計したのです。彼の持ち味である喜びと悲しみの絶妙なバランスはこの時から確立されたのでしょう。

 その後の展開は、もちろん現代の人間が見て大笑いできるものがあるとは言いませんが、それでもクスリと微笑んでしまうようなドタバタが一種の様式美として続いていきます。社会のはみ出しものの1人と1匹が巻き起こす騒動は、本物の野良犬を連れてきて撮影したとは思えないほど素晴らしいコンビネーションの元、観客の目の前に次から次へと展開されていくのです。実際、こういった一連のシーンにおける撮影手法の一つ一つは今でもコント番組などで多用されるものばかりで、コメディの定型句がこの映画にあることを改めて実感させられます。

 しかし何と言っても、主人公の放浪者がヒーローとして描かれている点が最も重要なターニング・ポイントでしょう。自らが社会的には強いと言える人間では無いにも関わらず、抑圧された人々の(無意識的にではあるが)力になっていくというストーリーにおける構図は、この後もチャップリンの映画のメインテーマとなっていきます。それもただ一辺倒のヒロイズムに走るのではなく、どこか情けなくも、持たざる者であるがゆえの愛を持ってヒロインを救うというポイントに見る人は感動させられるのです。
 チャップリンの黄金期の到来を感じさせる記念碑的作品です。

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2018/04/09 (Mon) ブルックリン

brooklyn.jpg


原題   Brooklyn
公開   2015年
上映時間 112分
製作国  イギリス/カナダ/アイルランド

監督   ジョン・クロウリー
脚本   ニック・ホーンビィ
原作   コルム・トビーン『ブルックリン』

出演   シアーシャ・ローナン
     エモリー・コーエン
     ドーナル・グリーソン


あらすじ
 1951年、アイルランドの小さな町に住むエイリシュは仕事にあぶれ、仕方なしに地元の食料品店で働いていた。そんな彼女の将来を案じた姉の計らいにより、エイリシュは単身ニューヨークへと渡米することになる。初めのうちは慣れない生活とホームシックから泣いてばかりの日々だったが、時間が経つにつれて少しずつ異国の地に溶け込んでいくエイリシュ。そのうちイタリア系のボーイフレンドもできて順風満帆と思われた新生活だったが、ある日故郷から思いもよらない知らせが届く。





鑑賞日  18年4月9日
鑑賞方法 DVD
評価   4.5点


レビュー
 休んでは書き、休んでは書きを続け、気づけば9年目となる当ブログ。人は思い出したように「自分は年をとった」と呟きますが、10年近い歳月が経つとほとんど別の人間といっても過言ではないでしょう。近しい人間しか見ていないこのブログも今思えば、将来の自分にその時の自分の痕跡を見せるために書いていたのかもしれません。
 決まったルールに従うのが苦手な性分ですのでなかなか難しいとは思いますが、ここからは1日1つは映画を見てレビューも書いていけたらと思います。


 さて今回鑑賞した『ブルックリン』は、2015年アカデミー作品賞ノミネートの中で唯一私が劇場での鑑賞が叶わなかった作品です。そのほかのノミネート作品と比較するとインパクトといった意味では少々弱い映画かもしれませんが、そこに込められたテーマは近年の傑作群でも随一でしょう。

 50年代というアメリカが(80年代の次に)最もアメリカらしかったとも言える時代を舞台にし、その象徴とも言えるニューヨークをメインに据えながらも、いつもの“ホームグラウンド”といった雰囲気は何処へやら、どことなく異国情緒の漂う雰囲気に仕上がっているのが特徴的です。それはもちろん、子供時代をアイルランド南部で過ごしてきた生粋のアイリッシュである主人公の目線がそのまま投影されているからです。若い女の子らしいビジョンを的確に捉え、大局的な視点よりも小物やファッションデザインに焦点を当てることで、大都会にやってきたことを言葉ではなくビジュアルで観客に示している点がたまらなく魅力的です。どこか垢抜けない身だしなみから世界の最先端に生きる女性へと少しずつ変わっていく主人公自身の様も、決して劇的な変化ではなく、段階を追ったものになっていることで内面の変化にも説得力を持たせています。

 もちろんこの繊細な描写は、何も小道具に頼り切ったものではなく、主演のローナンあってこそのものです。
 いわゆるアイルランド系移民1世となる彼女の物語は、本来であればその特有の時代背景や民族性が前提となっている物語です。もちろんそういった側面での演出…英語という共通の言語を持ちながらそこに明確な境界線がある点や、自らのルーツへの捉え方がイタリア系2世もしくは3世のボーイフレンドとは異なる点などの演出も冴え渡っています。ですが、この映画について最も評価すべきはその固有性ではなくむしろ普遍性にあるのです。若者が先行きの見えない故郷を出て新天地で暮らし、そこに新たな人生を見つけていく。これは何も50年代のアメリカ移民だけの話ではなく、いつの時代でも共通の物語ではないでしょうか。それこそ、地方から都会への人口流入が幾度となく議論されている現代日本においても全く関係のない話とは言い難いものです。
 そういった住み慣れた場所を離れる恐怖、次第に忘れていく郷愁の思い、一概に割り切ることのできない複雑な思いをローナンは言葉を発さなくとも見事に表現しました。他の役者たち、特に男性陣も素晴らしいのですが、彼女の現実をも超えた演技があまりに突出していて、ほとんどの観客は上映中彼女だけを見ることになるのではないでしょうか。主人公が口にする選びに選び抜かれたであろう言葉のトーン、ほんの少しだけ動く視線。そういった一つ一つの動きに何一つ作り物がないと思わせてしまう。極端な話、演技というフィクションでしかない存在にそれを込められるのは歴代の名優たちにも匹敵する技量ではないでしょうか。

 惜しむらくは脚本にいくつかの詰めの甘さが見えてしまうことです。主人公と姉との関係性は前述の故郷に関する本作のテーマとも深く関わっている部分ではありますが、この部分に関しては共感を呼ぶものとは言い難いでしょう。もちろん最後まで見ればなぜお姉さんがエイリシュのために色々と工面してくれたのかは一目瞭然なのですが、残念ながらこの映画においてそれは個々のキャラクターの関係性を描写して初めて浮かび上がるのです。なぜエイリシュにとってお姉さんが大きな存在なのか、故郷の最大の心残りなのか、お姉さんの内面描写が無い以上こちら側としては推察の域を出ません。
 そして終盤、主人公が最後の決断を下すきっかけとなる場面。それまでは2つの居場所に揺れ動かされる心情を繊細すぎるほどに描いていたにも関わらず、いわば敵となる人間を登場させることで急転直下の展開を生んだのは性急だったという他ありません。故郷の人々は決して悪人ではなく、ただ無意識のうちに主人公を緩やかに縛り付けていることがミソであり、何も彼女を痛めつけることを心待ちにする意地の悪い人々ではないのです。(正直な話、映画に描かれていないだけで、どう考えてもニューヨークの方が意地汚い人間が多いのは誰もが認めるところでしょう。)

 こういった些細ではありますが、いくつかのほころびが本来描くべきテーマを濁らせてしまったのはとても勿体無く感じられました。
 それでもなお、その最後の決断の後の場面は紛れもなく映画史に残すべき名場面です。場所が大事なのではない。心の拠り所がどこにあるのか。そしてその拠り所こそ、自分にとっての故郷なのだ。エイリシュが力強い眼差しで語りかけるその場面で、私たちは一人の女性の強さと、あまりに優しいそのメッセージに心打たれ、涙してしまうのです。

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2017/10/13 (Fri) Quay (原題)

quay.jpg


原題    Quay
公開    2015年
上映時間  8分
製作国   イギリス

監督    クリストファー・ノーラン

出演    スティーブン・クエイ
      ティモシー・クエイ



※こちらは“Quay”の予告編ではなく、ツァイストガイストによるブルーレイのCMです。


鑑賞日   17年10月13日
鑑賞方法  Blu-ray
評価    3.5点


レビュー
 クエイ兄弟から多大なる影響を受けたと自負するクリストファー・ノーランは、2015年に『ストリート・オブ・クロコダイル』、『』、『イン・アブセンティア』の35mmフィルムにリストアを施し、再上映会を各地で行いました。その際に同時上映として放映されたのが、ほとんどがノーラン自身の手によるクエイ兄弟に焦点を当てたドキュメンタリー“Quay”です。残念ながら日本ではまだ発売されていないようでして(ブルーレイのブラザーズ・クエイ短編集に収録する予定もあったそうですが)、アメリカもしくはイギリス版のブルーレイにのみ収録されています。

 この作品はドキュメンタリーとしては変わった手法が取られています。まずはノーランの大好きな35mmによって撮影されている点でしょう。兄弟の薄暗い工房がこのカメラのレンズを通すと、まるでこだわり抜いて作られた映画のセットのようで、窓際での場面を多く取り入れることで、家の外側と別世界であることを印象付けています。
 さらにインタビューらしいインタビューが行われていないこともユニークなポイントの一つです。実際に作品で使われた人形やセットに関して兄弟が説明を行うのですが、彼らのペースで自由に話しているような空気感を絶妙な編集で作り出し、ノーランと共に兄弟のプライベート空間に迷い込んだかのような体験をもたらしてくれます。

 ただし後者に関しては難点も存在しています。言ってしまえば、兄弟が好きなことを話しているだけなので、彼ら自身の素性や作品に関する何かが具体的に見えてくるわけではなく、見方によってはドキュメンタリーとして成立していないのです。ですがこれはノーランの意図的な演出で、ブラザーズ・クエイの魅惑的かつ退廃的な作品群の秘密を無理やり解き明かすのではなく、あくまで一人のファンとして生誕地を映像として切り取っているに過ぎないとも言えます。いずれにせよ、ある熱狂的なファンの目を通した工房の様子は、兄弟を知らない人間の目からも憧れに満ちた光でいっぱいになっているのです。

 8分間という短すぎる上映時間が美点にも欠点にもなっていますが、クエイ兄弟という多大な影響力の持ち主がこの世に存在することを知らしめたことには大きな意味があり、既に彼らを知っていた人にとっても魅力の再確認につながるでしょう。

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2017/10/13 (Fri) イン・アブセンティア

in_absentia.jpg


原題    In Absentia
公開    2000年
上映時間  20分
製作国   イギリス

監督    ブラザーズ・クエイ (スティーブン・クエイ/ティモシー・クエイ)

出演    マレーネ・カミンスキー





鑑賞日   17年10月13日
鑑賞方法  Blu-ray
評価    3点


レビュー
 英BBC製作の“Sound on Film International”という、映画製作者と作曲家のコラボレーション企画の一つとして、現代音楽の巨匠シュトックハウゼンの曲が全面的に用いられた作品です。アイデアのベースとなったのは、精神病棟の居住者たちによる作品の展覧会にて見つけた手紙でした。それは早発性痴呆(現在では統合失調症にカテゴライズされる)と診断された女性が自らの夫へ宛てたもので、同じ言葉を何度も何度も鉛筆で書きなぐってあったそうです。まさに題名の通り、精神を病み自己存立が危ぶまれた人間の精神状態を映像化したと言えるでしょう。

 一見とても魅力的なコンセプトなのですが、実際にはこれが兄弟の持つ魅力を半減しているのです。彼らの作品で名作と言われるものの多くは、限りなく無機物的な人形が人間のグロテスクな部分のみを吸収していることで表れる、なんとも居心地の悪い不気味さが全体のトーンを占めています。要するにそもそもの起点となるアイデアが人間でないものからスタートしているからこそ、一層の不条理さが感じられるのであって、精神が破綻していようが人間の行動そのものがベースとなっている本作は、むしろ正常だと思えるほどに近しい存在へと変わってしまっているのです。

 映像が高画質になり、カット割りなどの技術が上昇したことも、悪い方向へと影響しています。また製作者の意図を覆い被すほどの過剰な照明やカメラワークが目立ち、スタイリッシュになった分、一つの作品というよりもシュトックハウゼンのMVに成り下がっているという印象を受けなくもないです。正直な話、『X-ファイル』の一場面と言われてもそんなに違和感がありません。

 もちろん悪い部分ばかりであるはずがなく、他の作家には真似できないような部分も多く存在します。精神をすり減らす女性が鉛筆を削る描写は、キリキリするような張り詰めた空気が取り巻いており、耳障りとも言える音楽と組んで強烈なタッグになっているのです。そしてストップモーションパートはやはり素晴らしく、以前よりもシンプルな作りの人形が、主人公にとっての現実世界そのものに歪みが生じていることを暗示していて、別種の気味の悪さを醸し出しています。

 実写をメインとした演出にシフトするのも、新たな試みとして悪いものではありませんし、個々の作品に適した方法として幅を広げていくことは間違いなく素晴らしいことです。しかしながら結局のところストップモーションであったことが兄弟の作品の魅力を多分に占めていたことを証明してしまったのも、また事実です。生々しさを併せ持った無機物という存在は、まさしく彼らだけが生み出せる悪夢に他ならないのですから。

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