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2017/07/31 (Mon) ウィッチ

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原題    The Witch
公開    2015年
上映時間  93分
製作国   アメリカ/カナダ

監督    ロバート・エガース
脚本    ロバート・エガース

出演    アニヤ・テイラー=ジョイ
      ラルフ・アイネソン
      ケイト・ディッキー


あらすじ
 17世紀のニューイングランド。周囲の人間を不敬虔とし過剰に貶めたことを糾弾されたウィリアムは、家族と共に入植地を追い出され深い森の近くに住むことにした。ある日長女のトマシンが末っ子で赤ん坊のサミュエルをあやしていると、突如としてサミュエルが消えてしまう。それから一家には次々に不可解な出来事が起き、すべてが魔女のせいではないかという疑念が生じ始める。





鑑賞日   17年7月31日
鑑賞方法  映画館
評価    4.5点


レビュー
 サンダンス映画祭で上映するなり話題となり、拡大公開の結果大ヒットにつながった低予算ホラー映画です。主演のアニヤ・テイラー=ジョイもこれをきっかけにブレイクを果たし、監督を含む多くのスタッフたちにも幸運を呼んだ本作品。その内容はひたすら不気味でじっとりとした恐怖感が漂う、非常に精巧に作られた緻密なストーリーでできています。

 あらすじにもある通り、末っ子のサミュエルがいなくなったことをきっかけに一家に不幸が襲うと言う筋立てはとても単純です。これだけですと、近世の魔女狩りに影響されたホラーにありがちになりますが、『ウィッチ』はその宗教的・歴史的考察が異様なほどに細かいのです。家族が交わす会話も現代アメリカ英語とは全く異なり、今の目から見れば引くぐらい信心深い点など、当時のプリマス・プランテーションの文化を極めてリアルに描写しています。こういった点だけでも非常に興味深く、「悪魔」や「魔女」といった日本人から見るとあまりに突拍子のない言葉が飛び交っても、怖いほどに説得力を持って訴えかけてきます。

 この強固なバックグラウンドに支えられることで、妄想と現実が交錯する不穏な世界がさらに不気味に眼前に迫ってきます。実のところ本当に怖いのは超常的な存在ではなく人間であり、下手なファンタジーに逃げていない分、凍りつくような思いができるでしょう。
 もちろんそれには役者の技量が重要になってきますが、これが子役含め本当に素晴らしいのです。主演のテイラー=ジョイが見せる、神を信じきれない若い女の子の絶妙な「不敬虔さ」はもちろんのこと、両親役の2人は役への入り込み具合が凄まじい。中盤から終盤にかけての怒涛の展開は、彼らによって形作られています。

 おそらく最後の展開については賛否両論あるかもしれませんが、しっかり考察された背景があるからこそ、あのエンディングに至るまでの流れは決して飛躍しているのではないのです。信心への挑戦というキリスト教における永遠の課題を、為す術もない状況に追い込まれた中世の人間から見るとこうも恐ろしいものになる。誰もがわかるわけではない独特の恐怖心理を、絶妙なバランス感覚とテンポで映し出し、誰もが体感できるものに仕上げてしまった近年稀に見るホラーの傑作です。

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2017/07/28 (Fri) プレステージ

the_prestige.jpg


原題    The Prestige
公開    2006年
上映時間  130分
製作国   イギリス/アメリカ

監督    クリストファー・ノーラン
脚本    ジョナサン・ノーラン/クリストファー・ノーラン

出演    ヒュー・ジャックマン
      クリスチャン・ベール
      マイケル・ケイン


あらすじ
 マジシャンを志す2人の若者、アンジャーとボーデンはとあるマジシャンのアシスタントとして働いていたものの、同じくアシスタントであったアンジャーの妻のマジック中の事故死をきっかけに離反する。それからというものお互いのショーのたびに邪魔をし、二人の熾烈な争いは次第に熱を帯びていった。しかし、ボーデンが見事な瞬間移動マジックを披露したことをきっかけに、アンジャーはそのトリックの解明に憑かれていく。





鑑賞日   17年7月28日
鑑賞方法  Netflix
評価    4.5点


レビュー
 ある意味、唐突とも言える物語の結末が話題を呼んだこの映画。実際私が初めて見た時はあまりの奇想天外さに面食らうとともに、意外にもそのトリックに気づかず感心させられた覚えがあります。さて、今回はそういったタネを知った上での鑑賞でしたが、だからこそ本来この映画が持つ魅力に気づくことができたとも言えるのです。

 実のところ、この映画で特筆するべきなのは「オチ」、劇中で言うところの「プレステージ」ではありません。そこに行き着くまでの、登場人物の心情の描かれ方にあります。もともと、ノーラン監督の映画は全体的にプロットの精密さを追うあまり、キャラクターたちは行動主義の上で動くようになり、時には空虚ささえ感じさせることもありました。しかしながら、『プレステージ』は全くの逆、すなわち内面にこそ比重が置かれているのです。
 それを語る上で、ヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベールの見事な演技を外すわけにはいかないでしょう。この当時『X-メン』という代表作を持ちながらも、それ以外の映画では役に恵まれていたとは言い難いジャックマンでしたが、この映画では本来舞台俳優である彼の魅力を存分に活かしています。極めて自信過剰で派手な演出を好みながらも、現実には才能という点でライバルに負けていることを自覚し、激しい嫉妬に突き動かされる。そんな捻じ曲がった心を持つアンジャーを、ジャックマンはステージの上でも降りた時でも全身全霊をかけて演じています。もし彼の代表作を挙げるのであれば、まずこの映画は絶対に外せません。
 それに対しクリスチャン・ベールは、人生をマジックへ捧げ、沸き立つ情熱と冷静さという相反する感情を持つボーデンになりきっています。彼の恐ろしいほどに精密な演技はアンジャーを含む周りの人間を混乱させ、何より物語上の仕掛けの中心にいるために観客をも騙すでしょう。

 私怨から生まれた相手への憎悪がマジックという形で表面化するというプロット自体、主演2人を含む見事なアンサンブルに支えられた賜物なのです。それ故、要であるはずの結末、正確に言うと結末の一つ手前が弱点になっているのは残念でなりません。それまでの少しずつ迫るような緊張感がある一点から台無しになり、緻密であるはずの脚本が突拍子もないものに思えてしまうのです。それに関わる人物の一人を、久々の映画出演であったデヴィッド・ボウイが悪くない演技を披露している分、余計に悔いの残る点には違いありません。

 もっとも結末そのものは悪いわけではなく、それまでにおいても絶妙な演技とともに伏線が張られており、それについては納得できる仕上がりとなっています。前述の点については幾度も鑑賞するにつれ、確実に陳腐になっていくでしょう。しかしながら、現実にいる多くのマジシャンと同様、この映画もそこに至るまでに見せる演出こそ真に重要な要素と言えるのです。

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2017/07/20 (Thu) となりのトトロ

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英題    My Neighbor Totoro
公開    1988年
上映時間  86分
製作国   日本

監督    宮崎駿
脚本    宮崎駿

声の出演  日髙のり子
      坂本千夏
      糸井重里


あらすじ
 サツキとメイの姉妹は、病気の母親の療養所が近い農村へ父親と引っ越してきた。大きなボロボロの家に二人の冒険心はくすぐられる。ある日一人で遊んでいたメイは、ドングリを集める奇妙な生き物に遭遇し、森の中へ後を追いかけると、そこにはさらに大きな生き物「トトロ」が住んでいた。





鑑賞日   17年7月20日
鑑賞方法  DVD
評価    4.5点


レビュー
 ジブリといえば、まず始めにこれが出てくるでしょう、『となりのトトロ』。数年に一回は金曜ロードショーで見かけるので、飽きてしまった人も多いかもしれませんが、私にとっては見るたびにまた好きになる映画の一つです。

 引っ越しから物語が始まるという、監督の映画では割とありきたりなスタートではありますが、昭和30年代の田舎に設定された舞台など、地味な設定だからこそ今となっては逆に個性が際立ってもいます。あの有名な『さんぽ』のオープニングが流れる時点で、ありきたりといってしまうのは実際暴論かもしれません。いつだってジブリの音楽は印象的ですが、これほどまでに人々に波及した曲もなかなかないでしょう。
 そこから展開するお話は、主役であるサツキとメイの周囲でのみ語られ、比較的狭い範囲の話ではあります。しかしながら多くは説明されないものの、他の監督の作品同様、彼女たちだけが世界に存在しているのではなく、脈々と続いて来たある世界の中の一つの物語であることはしっかりと伝わって来ます。

 各キャラクターも個性的で、非常に豊かな関係性を見せてくれます。姉妹と父親の掛け合いはもちろんのこと、カンタを始めとする近所の人々との交流など、ひとつひとつの描写が細かく、生きた存在であることを実感させてくれます。ほんの少ししか登場しない母親もまた、2人にとってなくてはならない存在、母親だからこそできる役目があることを簡潔に提示しているのです。
 これも定番ではありますが、姉妹の感情の動きも「アニメ映画」としてカテゴライズするのが惜しいくらいに現実味にあふれています。母親の病状悪化の電報を聞いたあとの2人の反応は、まさにそれぞれの年齢の女の子そのもので、観客が大人になればなるほど一種の共感を呼ぶでしょう。

 そして忘れてはいけないのはトトロとネコバスの存在です。大きな獣とマスコットの境界線をいく絶妙にバランスのとれた造形と、妙に愛らしいひとつひとつの動き。彼らが登場する場面は、どこを切り取っても生き生きとしていて、子供にしか見えない世界の魅力を存分に伝えてくれます。

 過ごした時代は全く異なるにもかかわらず、不思議と郷愁を呼ぶ『となりのトトロ』。もう戻れない子供時代があるからこそ、この映画は光り続けるのです。

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2015/02/08 (Sun) はじまりのうた

はじまりのうた


原題   Begin Again
公開   2013年
上映時間 104分
製作国  アメリカ

監督   ジョン・カーニー
脚本   ジョン・カーニー

出演   キーラ・ナイトレイ
     マーク・ラファロ
     アダム・レヴィーン


あらすじ
 イギリスからニューヨークへとやって来たシンガーソングライターのグレタは、恋人デイブに裏切られ失意のままライブハウスで歌っていたところを、落ち目の音楽プロデューサー、ダンに見出される。ダンに誘われてアルバムを制作することになったグレタは、ニューヨークの街角で次々とゲリラレコーディングを敢行していく。




鑑賞日  2月7日
場所   映画館
評価   4.5点


レビュー
 ついこの前、日本にも来ていたミュージカル版の「Once」。その元の映画で監督をしたジョン・カーニーによる、初のアメリカ制作の映画である。「Once」と同様の、音楽をフィーチャーした期待に応える映画に仕上がっている。

 映画の骨子の部分は、実は「Once」となんら変わりがない。売れているとは言い難いミュージシャンが少しずつ仲間を集め、引き語りでしかなかった歌をバンド形式の曲に仕上げていく。未完成の曲が少しずつブラッシュアップされていく様はなんとも心地よく、クライマックスへ向けての布石としても素晴らしい効果を発揮している。その骨の部分に、アメリカらしい(というより音楽業界らしい)エピソード(=肉)を付け加えることで、ストーリー自体をメジャー映画としても通ずる軽やかなタッチに仕上げている。そして、その肉の部分にまったく無駄がないのだ。

 常に物語の中心となるのは、キーラ・ナイトレイ演じるグレタの失恋と再生、マーク・ラファロがいい味を出しているプロデューサーのダンの家族との和解、そしてもちろん、2人と仲間たちによって作られる音楽だ。2時間もない上映時間において、必要な情報を凝縮して詰め込むのはなかなか難しいはずだ。それなのに、監督は脇道にそれることなく、メインのストーリーのみをしっかりと描ききっている。しかも、それが決して浅いものではなく、主要な登場人物の心情の動きは非常に丁寧かつディープに映し出した。

 もちろん、ストーリーが魅力的なのに、役者がお粗末では話にならない。だがこの映画においては心配無用である。誰一人として余計な人間は存在せず、その誰もが忘れ難い印象を放っている。
 キーラ・ナイトレイは久々に良い演技を見せていた。堅物で融通の利かないグレタを下手に演じてしまうと、ただただ鼻に付くアーティスト気取りの人物に成り下がっていただろう。それをナイトレイは、ふとした時に見せるチャーミングな表情で、鼻に付くどころかとても好感の演じる人物になりきった。他のキャラクターもなまじ良いせいで、彼女自身のシーンがどうしても割かれてしまうのは仕方のないことだが、もっと彼女の演技を見ていたかった。
 マーク・ラファロは相変わらず、退廃的な雰囲気とニューヨーク特有のファッショナブルな印象を融合させた、絶妙な演技を見せてくれる。「キッズ・オールライト」の時もそうだったが、「本質的には良い人間でありながら寛容し難い欠点を持つ人物」をやらせると彼の右に出るものはいない。私のお勧めする役者の一人である。
 そして思わぬ発見が、マルーン5のアダム・レヴィーンだろう。さすがに上記の2人ほど達者な演技はできないが、彼の持ち味であるスター性を上手に生かしている。初めの一般人然とした男性が、いつのまにか「スター(=アダム・レヴィーン)」となっていく段階的な演技は、やはり本物のカリスマにしかできない芸当だろう。(とはいえ、苦悩を見せるシーンはマルーン5のMVにしか見えなかったが。)また彼が歌を披露するシーンは、キーラ・ナイトレイも素晴らしいが、彼女のそれとは比べものにならないほど圧倒的だ。

 今のところ、「最近の映画でお勧めは?」と聞かれたら、まちがいなくこれを挙げるだろう。これほどにまで万人ウケする要素を持ち合わせていながら、作家性を損なっていない映画はないだろう。見た目は素朴ながらも、良質のアーティストを揃え、馴染みのある街中で録音された、まさに劇中の音楽と同じなのだ。凝縮されているから、見た後の満足感もしっかり感じられる。
 アダム・レヴィーンのハイトーンの声に乗せて、ラストシーンのキーラ・ナイトレイが画面に映った直後、良い音楽を聴いた時と同じように、何とも言えない心地良い余韻が体に染み渡るのだ。

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2015/01/01 (Thu) ゾディアック(劇場公開版)

ゾディアック


原題   Zodiac
公開   2007年
上映時間 158分
製作国  アメリカ

監督   デヴィッド・フィンチャー
脚本   ジェームズ・ヴァンダービルト
原作   ロバート・グレイスミス『ゾディアック(原題:Zodiac)』

出演   ジェイク・ジレンホール
     マーク・ラファロ
     ロバート・ダウニー・Jr


あらすじ
 全米を震撼させた「ゾディアック事件」という実際の事件を映画化。1969年より「ゾディアック」と名乗る男による殺人がサンフランシスコで頻発し、さらにその人物は事件に関連した手紙を新聞社に送りつけてきた。手紙を受け取ったサンフランシスコ・クロニクル紙の記者ポールと同僚の風刺漫画家ロバートは事件に並々ならぬ関心を寄せるが……。





鑑賞日  1月1日
場所   家
評価   4.5点

レビュー
 あの「ダーティハリー」の犯人、スコーピオンのモデルともなった実在の事件ゾディアックの映画化である。この時、デヴィッド・フィンチャーは5年ぶりの監督作品であったというが、心配するどころか、「よくできたB級映画の監督」から遥かに進化して戻ってきたようだ。

 連続殺人という残虐な事件をモチーフにしていながら派手さは無く、映画のトーンはむしろ冷静さを極めている。残酷な場面もいくつかあるが、“ゾディアック”が起こした60年代後半から70年代前半までの事件以外はむしろ頭脳戦をメインに描いているところは英断である。これ以前の監督なら、インパクト重視でより生々しく映し出したところだろう。

 脚本においても、非常に組み立てが難しかっただろう。「未解決」であることが分かっている以上、通常のミステリー・サスペンス映画で得られるクライマックスのカタルシスは望めないだろう。では、映画として成立させるにはどうすればいいのか。選ばれた要素は事件の衝撃性よりも、「犯人が不明である」という不気味な事実、そして「ゾディアック」に取り憑かれていく周囲の人間の狂気であった。
 それを支えるのはもちろん役者たち、特にジェイク・ジレンホールとマーク・ラファロは出色の演技だ。ロバート・ダウニー・Jrもなかなか達者だが、彼のいつものキャラクター(というより、低迷期の自分自身)を演じていて良くも悪くも一定している。
 それに対し、ジレンホールとラファロは抑制された演技ながらも、内に秘める「ゾディアック」究明への渇望をはっきりと体現している。ラファロは刑事としての正義感か、それとも犯人への怒りなのか、他の刑事が捜査を降りても執念深い調査を続けていた。時折冗談を挟みつつも、どんな時でも事件のことが頭を離れず、目は常に血走っている。これを狂気と言わずしてなんと言おうか。
 だが真の主役であるジレンホールが活躍するのは彼とは反対に後半である。前半部での彼はパズル好きの奇妙なオタクであり、「ゾディアック」の“ファン”の一人でしかない。いつでも犯人の暗号文を持ち歩いている時点で狂気じみているが、後半の変わりぶりに比べればまだマシである。部屋で一人、「ゾディアック事件」に関する山のような資料を漁り、誰の利益になるかもわからない事件を解明しようとするのだ。
 狂気は狂気でしか迎え撃つことができない。それに耐えられないものは、ロバート・ダウニー・Jrが演じたライターのような末路にたどり着くことになる。答えのない問題に対して、一つの回答を提示したこの映画は新しいミステリーを指し示した。

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