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2017/07/19 (Wed) 千と千尋の神隠し

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英題    Spirited Away
公開    2001年
上映時間  125分
製作国   日本

監督    宮崎駿
脚本    宮崎駿

声の出演  柊瑠美
      入野自由
      夏木マリ


あらすじ
 10歳の少女、千尋は両親とともに引越し先へ向かっていた。途中、森の中にあったトンネルを抜けると、そこは人間が来てはならない八百万の神が集う温泉街であった。気づくと両親は豚に変えられ、元の世界へ戻ることができなくなった千尋は、ハクという名の少年の力を借りながら、「油屋」という湯屋で働くことで両親とともに帰ろうとする。





鑑賞日   17年7月14日
鑑賞方法  DVD
評価    5点


レビュー
 この映画が世に出てから既に16年が経とうとしている事実に驚く。それほどに、『千と千尋の神隠し』は色褪せることのない傑作なのである。

 少女の一夏の冒険という、青少年ものとしては定番の形式を持ちながらも、この映画は細部に至るまでオリジナリティに満ち溢れている。唯一無二の世界観や多彩なキャラクターの造形、言葉に頼りすぎない語り口。映画の中では千尋を中心に描かれているものの、彼女が存在していた周囲以外にも世界が存在していることを実感させてくれる。実写でなく、アニメーションで描くことの意義について深く理解しているからこそ成し得る熟練の技だろう。

 構造上のストーリーは意外にも単純であり、子供にも十分理解できるものである。しかし、そこに隠されたテーマ性を垣間見ることのできる年齢に達すれば、大人でも深く頷くような叙情性に気づくだろう。終盤の展開など、この映画のためだけに一冊の本が出るほどに様々な解釈がなされているが、そういった細かなロジックが大事なわけではない。本当に重要なのは、感覚でしか掴むことのできない「成長」を的確に描けている点だ。確かに明確な理由付けがされることなく進んでいるエピソードが多いが、宮崎駿はこれを感覚的な整合性をとることでなんら破綻なく展開できることを知っているのだろう。「説明できない何か」を文章ではなく映像に託すことを理解している人間のみ、この映画を作ることができるのだ。

 現存している多くのアニメとは違い、この映画は観客に媚びることがない(いくつかの憎らしいほど可愛らしいキャラクターを除けば)。各要素がどのように組み合わさり、どのように作用するのか。一人の人間がそれらをコントロールしたのだとすれば、これほど驚異的なことはない。
 エンディングロールが始まるたびに、私も千尋と同じように後ろ髪を引かれる思いで一杯になる。だが彼女と違うのは、この映画がある限り、何度でもあの不思議な世界に私たちは戻ってくることができるのだ。

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2017/07/13 (Thu) 20センチュリー・ウーマン

20th_century_women.jpg


原題    20th Century Women
公開    2016年
上映時間  118分
製作国   アメリカ

監督    マイク・ミルズ
脚本    マイク・ミルズ

出演    アネット・ベニング
      ルーカス・ジェイド・ズマン
      グレタ・ガーウィグ


あらすじ
 1979年、カリフォルニア州サンタバーバラ。思春期の真っ只中にいる息子ジェイミーの今後が気がかりな母親ドロシーは、ジェイミーの幼馴染のジュリーと、写真家のアビーに面倒を見るよう提案する。彼女らを含む周囲の人々と接し、70年代終盤の文化に触れるうちに、ジェイミーには変化が起きていく。





鑑賞日   17年7月8日
鑑賞方法  映画館
評価    5点


レビュー
 2010年の『人生はビギナーズ』以来、6年ぶりとなるマイク・ミルズの脚本・監督作。前作がゲイであることを告白した彼の父親をベースにし、今作は彼の母親をモデルにした映画である。どちらも彼にとって非常にパーソナルな作品であることに変わりはないが、今回は子供時代のある一点のみを描き出すことで、前作にはなかった時代性や郷愁の思いを加え、より感動的な仕上がりとなっている。

 さて具体的なストーリーについて話していきたいが、上記にあらすじを書いてはいるものの、この映画には明確な起承転結があるわけではない。もちろん作中ではいくつかの“事件”と言えるものは何回か起きるが、それらはあくまで日常生活の範疇を出ることなく、観客に取っても起こりうる、ユニークながらもありふれた出来事として描かれる。むしろ大事にされているのは、その出来事を起こすまでの、もしくは起きたことによる登場人物の感情の動きや流れである。
 例えば、主人公の15歳のジェイミーは多感な時期もあってか、時折母親に反発し、彼女がシングルマザーであることを頻繁に指摘する。通常であれば、母子の関係を描く映画におけるターニングポイントとなりうるが、『20センチュリー・ウーマン』ではそういった安易な手法は取られない。こういった出来事は2人(あるいはその周囲を含む人々)の関係性の重要な蓄積のひとつであり、アネット・ベニングを始めとするキャストの繊細な演技が、映画全体、すなわち一時代が少年の成長にとって大きな影響を及ぼしたという事実を裏付けているのだ。
 またミルズ監督の素晴らしい点は、その感情が一種類ではなく、一人の人物の中に幾重にも重なった状態で表出されるという、本来であれば難解な表現をやってのけてしまう点だろう。もし人間がロジカルに行動するのであれば、どのような場合においても「A→B」という方程式は崩されることがないだろうが、実際のところ大きく違っている。相手の行動に対しての反応は、いくつもの矛盾した感情から生み出された行動の結果であり、それこそが一人一人の人間を個性的にしているポイントなのだ。思春期のジェイミーはこういった「矛盾」に裸で晒されているも同然だが、大人であるはずのドロシーやアビーについても実は同様のことが言える。むしろ彼女らは「大人である」という理性で感情を覆うことにより、子供よりも遥かに複雑な内面の変遷を経験することになる。これは現実においても真であり、それを実際に映画という媒体でほぼ完璧に投影できたのはこの映画が初めてではないだろうか。

 上記の普遍性もさることながら、序盤でも記載した通り、監督にとってパーソナルな映画である点もまた、魅力を高めるのに一役買っている。トーキング・ヘッズを先頭とし、キャラクターの代わりに言葉で訴えかけてくるサウンドトラックは、MV出身のミルズのビジュアルセンスと見事にマッチし、流れるたびに心を震わされる。79年という、アメリカ全体にとっても変遷期であることもミソだろう。レーガンという一時代を象徴する大統領ではなく、外交政策に翻弄されたカーターの演説をフィーチャーし、異なる時代に生まれた人々の反応を映し出すなど、成長において周囲の環境が大きく影響を及ぼすことをミルズは熟知している。繰り返し繰り返し、主要なキャラクターたちがナレーターとして各々の人生を語り、そのバックグラウンドから彼女らそのものが浮き彫りになって行く。これを観た人は、短い一夏の映画とは思えないほど、濃密な時間を過ごせることだろう。

 やはり『人生はビギナーズ』同様、多くを語ってくれる映画ではないため、些か面食らってしまう人もいるかもしれない。それでもなお、こちらまで熱が伝わってくるようなカラフルなサンタバーバラの情景や、生き生きと動くキャラクターの可笑しさは万国共通のものだろう。そしてこの映画の真意がわかった時、監督の領域を超え、観た者にとってパーソナルな映画になっているのだ。

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2014/12/31 (Wed) インターステラー

インターステラー


原題   Interstellar
公開   2014年
上映時間 169分
製作国  アメリカ/イギリス

監督   クリストファー・ノーラン
脚本   ジョナサン・ノーラン/クリストファー・ノーラン

出演   マシュー・マコノヒー
     アン・ハサウェイ
     ジェシカ・チャンスティン


あらすじ
 近未来、地球規模の環境変化が進み、食糧難に陥っていた人類はその多くが農業によって生計を立てていた。そんな中、元エンジニアであるクーパーはある日、娘マーフィーの部屋で謎の暗号を解読する。それが指し示していたのは秘密裏に再建されたNASAの基地であった。そこでクーパーは宇宙で新たに発見された未開地へ旅立つミッションにクルーの一人として選ばれる。全人類の救済と愛する家族との再会の間で揺れ動くクーパー。悩み抜いた果てに、彼は家族に帰還を約束し、前人未到の新天地を目指すことを決意して宇宙船へと乗り込む。





鑑賞日  12月30日
場所   映画館
評価   5点


レビュー
 ダークナイト三部作も終わり、クリストファー・ノーランにとってインセプション以来のオリジナル作品である。批評家からの評判も絶賛、というわけではなくそれなりに良い程度だったので、正直な気持ちとして期待はしていなかった。だが私の予想とは真逆の結果だったのだ。

 まず書かなくてはいけないのは何よりもその映像美であろう。物理学者のキップ・ソーンから指導を受けて作り上げたワームホールやブラックホールの描写は真新しく写り、IMAXで見たこともあってか本当に宇宙空間にいるような気分にさせられる。ただし視覚効果担当がインセプションと同じダブル・ネガティブであったせいか、唯一そのインセプションとだけ似た印象を受けてしまった。それでもなお、静閑としていながらSF大作としての迫力と両立させている点は見事である。

 そして俳優陣。主演のマシュー・マコノヒーは、「家族への思い」と「宇宙への抗えない魅力」の間で苦悩する無骨な父親を演じた。監督が「MUD」での彼の演技を見てオファーをかけたのが納得できるように、宇宙が舞台でありながら開拓時代のカウボーイを思わせるようなマコノヒーのスタイルは従来のSFとは一線を画す。
 アン・ハサウェイもアカデミー賞を受賞した「レ・ミゼラブル」よりもずっといい。物語のセンチメンタルなトーンと相まって時折過剰にはなるものの、大いなる使命と愛した男への愛情に揺れる彼女の演技は真に迫っている。その他の定番の役者たちも、手堅いタイプを揃えているからか非常に安心して映画を見ることができる。
 そんなメンツの中で、ほとんど新人と言えるマーフィー(幼少期)役のマッケンジー・フォイは一際目を引いた。宇宙に旅立つ父親に対して、寂しさゆえに反抗心を露わにするマーフィーの演技は繊細さが要求される。少しでもすれば、ただのわがまま娘になってしまうところを、思春期に差し掛かった少女の父親(しかも自分に似た性格である)への複雑な思いを完璧に表現して見せた。冒頭部の安っぽい展開はほとんど彼女のおかげで救われていると言える。

 脚本に関しては賛否両論あるだろう。科学的考察が厳密になされたと言われるクライマックス直前までのストーリーに対し、当のクライマックスはある一種のファンタジー、おとぎ話に落とし込めてしまったとも言えるのだ。物語全体を付きまとっている「泣かせる雰囲気」が尾を引き、このポイントで耐えられなくなる人も間違いなくいる。
 だが私はこの点こそ、「インターステラー」で最も優れている部分だと思う。自然破壊を続ける人間への警鐘や、新たな世界を築く上での争いなどと言った、この手の大仰しいSFでありがちなメッセージ性を押し売りせず、宇宙へ旅立つことの夢や微視的とも言える人間愛などを押し出した作品など、これほどの規模の映画であっただろうか。父親の子供への愛情を的確に描き、それをSF大作のクライマックスに持ってくるなど誰にでも考え付くアイデアではない。だからこそ、エンディングは幸福に満ち溢れていながら同時に悲しくもあるのだ。

 センチメンタリズムに陥ることはありながらも、壮大さと繊細さを並立的に描き切った「インターステラー」は非常に勇気ある作品だ。まさしく、今年度最高のSF映画と言える。

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2013/07/01 (Mon) ハッシュパピー バスタブ島の少女(映画館で鑑賞)

ハッシュパピー バスタブ島の少女

原題   Beasts of the Southern Wild
上映時間 93分
製作国  アメリカ

監督   ベン・ザイトリン
製作   ダン・ジャンヴィー/ジョシュ・ペン/マイケル・ゴットワルド
脚本   ルーシー・アリバー/ベン・ザイトリン
原作   ルーシー・アリバー『Juicy and Delicious』

出演   クヮヴェンジャネ・ウォレス ···ハッシュパピー
     ドゥワイト・ヘンリー    ···ウィンク

あらすじ
 米ルイジアナ州の湿地帯に、世間から隔絶された「バスタブ」と呼ばれる小さなコミュニティーがあった。少女ハッシュパピーは毎日がお祭り騒ぎのようなバスタブで気ままに生きていたが、ある日、大嵐が襲来したことをきっかけにバスタブは崩壊。さらに、父親のウィンクが重い病気にかかっていることを知ったハッシュパピーは、出て行って久しい母親を探しに外の世界へ足を踏み出していく。





評価:5点5点中)


レビュー
 昨年度アカデミー賞の作品賞ノミネート作品で、最も楽しみにしていた映画をやっと見ることができた。その期待を裏切らない、独創的で、素晴らしく感動的な作品であったことは言うまでもない。

 物語の大筋はあらすじの通りである。だがここで重要になるのが、この映画はあくまでハッシュパピーの視点で進行していくという点だ。物語の多くの要素は詳しく語られず、台詞を口にするのもハッシュパピーと父親のウィンク、そして数人の大人だけだ。これが映画の魅力に大きく貢献している。

 まず注目すべきは「文明と隔絶した社会を営む人々」を描いていることだ。彼らの生活は一見すると眉をひそめるようなものだし、頑に「バスタブ」に居座り続けようとする意図もはっきりとは分からない。もちろん自分たちの“故郷”だからだとは思うが。しかし監督が見せたいのは彼らの生活に対する讃歌やゴリゴリの「自然主義」でもない。そういった「文明対自然」の点における監督の立場は一貫してニュートラルであり続けている。そうでなければ、バスタブ島の住民が強制退去させられる場面などをもっと憎々しげに表現するだろう。

 ではなぜ監督のザイトリンはこの「バスタブ島」を舞台にしたのか。それは彼が「人間」そのものを純粋に描きたかったからだ。ある意味での極限状態に置かれた人々の、彼らなりの哲学や生き方を見せる上で文明社会は逆に非現実的な要素となるからだ。子供であるハッシュパピーからしてみればなおさらだろう。彼女の世界は「バスタブ島」がすべてで、それ以上でもそれ以下でもない。その彼女の世界に「嵐」というリアルが舞い込むことにより、今まで目にすることの無かった「“非現実的”なリアル」と「“リアル”な空想世界」を目の当たりにする。

 この現実と空想の曖昧な境界線が、また一つのこの映画の魅力である。それが幻想的な映像と合わされば、見る人の好奇心をかき立てることは間違いない。「オーロック」という巨大なイノシシのような古代の怪物がこの「空想世界」のメタファーであるが、その存在はこの映画を決して陳腐なファンタジーとはしない。彼らがどういった存在なのか、現実に存在しているのか、劇中では一切語られることが無い。だが「ハッシュパピーの成長」という観点から見ると、彼らの存在は必要不可欠であり、事実ハッシュパピーがオーロックと対峙する場面にはこみ上げるものがある。

 だが何と言っても、この映画で最も心を動かされるのはハッシュパピーとウィンクの関係だろう。粗暴で「良い父親」とは言いがたいウィンクが、自分の病を必死に隠し、娘にありとあらゆる知恵を教えていく過程はそれだけでも十分感動的だ。だが彼の病が本格的に進行してから、私たちは初めて役者の底力を見ることになる。クヮヴェンジャネ・ウォレスとドゥワイト・ヘンリーはほとんどの場面で互いの本心をさらけ出すことは無いが、その眼差しが避けることのできない真実を語っている。一つ一つの表情がハッシュパピーとウィンクの複雑な感情を見事に表していて、この一種のファンタジーに独特の現実感があるのは彼らのおかげだ。

 そして最後のシーンではきっと誰もが涙を抑えられない。食事のシーンが(ほとんどがカニなどを生で食べるようなものだが)印象的なこの映画は最後も食べ物で締めくくる。人間の豊かさ、生命の尊さ、親子の愛、子供の成長。このシーンにすべての感動が詰まっている。ここに唯一無二の傑作が誕生した。

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2013/04/01 (Mon) シュガーマン 奇跡に愛された男(映画館で鑑賞)

シュガーマン 奇跡に愛された男

原題   Searching for Sugar Man
公開   2012年
上映時間 86分
製作国  スウェーデン・イギリス

監督   マリク・ベンジェルール
製作   マリク・ベンジェルール/サイモン・チン
撮影   マリク・ベンジェルール


あらすじ
 無名だった“はず”のシンガーソングライター、ロドリゲスの数奇な運命をひも解くドキュメンタリー。1970年、著名な音楽プロデューサーに見出され、アメリカでメジャーデビューしたメキシコ系シンガーソングライターのロドリゲス。2枚のアルバムをリリースし、一部で高い評価を得るもののアルバムはまったく売れず、そのまま音楽シーンから姿を消す。しかし70年代後半、ロドリゲスのアルバムはアパルトヘイト時代の南アフリカへ渡り、「シュガーマン」をはじめとする楽曲が、抵抗運動を続けていたリベラル派の若者たちから熱狂的に支持されていた。





評価:5点5点中)


レビュー
 ロドリゲスというミュージシャンを知っているだろうか。おそらくこの映画のことを見るまでは誰も知らないはずだ。だが「シュガーマン」を見た後なら、彼のことを忘れることはない。

 このドキュメンタリーが異質なのは、多くのインタビューが個人の感情から語られている点だ。誰もロドリゲスの行方を知らず、生死すらも分かっていない。それなのに全員が口をそろえてこう言うのだ。「ロドリゲスほど素晴らしいミュージシャンはいない」
 前半でロドリゲス自身が姿を見せることはないのに、彼へ興味を抱かずにはいられない。関係者の証言から彼の人物像を少しずつ特定していき、「どれほど素晴らしいのか」と期待させる手法は見事だ。それに観客もこの“捜索”に参加する形となり、真実に迫っていく過程はさながらミステリーものの様でもある(サセックスの元社長との会話シーンにはハラハラさせられる)。
 

 そしてこの姿を現さない彼の影響力の強さも思い知ることとなる。南アフリカを動かすきっかけになった人物だ。自分の映画を見ている人間に何もしないはずがない。この時点で観客はロドリゲスの魅力にすっかり魅了されているのだ(しつこいようだが、彼は登場していない)。
 そして物語の中盤、彼はついに登場!!…するのだが、変な格好をしたおじさんである。しかし彼が普通の人間とはまったく異なる人物であることは一目見て分かる。口では説明できないが、「オーラが違う」のだ。肉体労働に従事していながら、どこか知的で洗練された雰囲気がある。そして何より、今でも音楽の才能は衰えていない。
 南アフリカのファンたちは彼のことを語りだすと止まらなくなるが、その気持ちも分かる気がする。これほどの才能を有していながら、本国ではまったく脚光を浴びず、反対に異国では大ヒット。だがその存在は不明だった人物など歴史上にもそういないだろう。

 こうやって文面にしても「シュガーマン」の魅力は伝わり切らない。スリリングな構成、敬意のこもった語り口、そしてロドリゲスの存在感は実際目にしないと分からない。そんな映画に、一度聞いたら忘れられない曲が合わさったら?最高なのに決まっているだろう。

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