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2017/09/04 (Mon) Death Note/デスノート

death_note2017.jpg


原題    Death Note
公開    2017年
上映時間  100分
製作国   アメリカ

監督    アダム・ウィンガード
脚本    チャールズ・パーラパニズ/ヴラス・パーラパニズ/ジェレミー・スレーター

出演    ナット・ウルフ
      ラキース・スタンフィールド
      マーガレット・クアリー


あらすじ
 シアトルで警官の父親と二人暮らしをしている高校生ライト・ターナーは学校である日「デスノート」と書かれた黒いノートブックを拾う。記載されたルールによると名前を書かれた人間は何かしらの方法で死ぬという。頭は良かったものの冴えない高校生活を送っていたライトにとって、「デスノート」は最高の道具と成り得ることを確信し、学校のチアガールのミアと一緒に世の犯罪者を裁いていくことに決めた。そんなライトとミアの前に、"L"という名の匿名の探偵が立ちはだかる。





鑑賞日   17年8月26日
鑑賞方法  Netflix
評価    1.5点


レビュー
 今や漫画史に残る名作と名高い、大場つぐみと小畑健による『DEATH NOTE』。アニメはもちろん、日本ではスピンオフも含め実写映画が4本も製作され、作中の「デスノート」同様、社会現象と呼べるまでのものに発展してきました。商魂たくましいハリウッドがこんな美味しい話を逃すはずがなく、なんと10年も前から映画化の話は勧められてきたのです。しかしながら、日本漫画のハリウッド実写化の例に漏れず、製作はなかなか進展が見えず、監督探しが難航。一時はガス・ヴァン・サントやシェーン・ブラックなど有名監督や脚本家にも話が回ってきていました。その後2年ほど前に新進気鋭のホラー映画監督アダム・ウィンガードに白羽の矢が立ち、無事製作にこぎつけたのですが、結論から述べますとその出来栄えはとても無事とは言えないものでした。

 そもそも、日本の漫画だろうがアメリカのコミックだろうが、一つの壁として立ちはだかるのは生身の人間が演じるとどうしても馬鹿らしい部分が浮き彫りになってくる点でしょう。ピチピチタイツのヒーローが回りくどいやり方を好む悪役と町中を破壊しながら戦ったり、おかしな髪型の主人公がおかしなマスコットキャラクターと一緒にファンタジー世界を旅したり。アニメなどでは許せても、実際の人間が演じればおかしな部分はたくさんあります。
 漫画『DEATH NOTE』もその例から漏れることはないでしょう。そもそも名前を書くだけで人を殺すことができるノートブックというコンセプトが馬鹿げていて(読み切り版を読めばより一層わかることでしょう)、その後の頭脳戦もよくよく考えると荒唐無稽なものばかり。インターネット上でも多くの場面が切り取られ、ネタとしてジョークにされてきました。

 しかしながら、あれだけのヒットにつながったのにはもちろん理由があります。現実的な世界において人を殺すという少年誌においてギリギリの倫理観を提示し、それを肯定するキレ者を主人公に据えたこと。それに対峙する人間が、風変わりでとても普通とは言えないものの生き生きと描写された本名不詳の天才。殺人という反モラルに読者を巻き込み、それに伴うスリルと快感を共有するという点において、これほどまでにエンターテイメントを理解した漫画はないでしょう。
 日本での実写版を見た記憶があまりはっきりとしませんが、その主人公とライバルの関係性を全面的に押し出し、漫画的な部分も含め比較的原作に忠実に、なおかつ映画としても成立するよう上手に調理できていたような気がします。決して傑作ではないかもしれませんが、国内外含め多くのファンに未だ愛されているのも頷ける出来栄えでした。

 しかしながら今作はそういった原作の良さをほとんど無視し、悪い部分ばかりをより際立たせ、なおかつ大味な設定にしてしまったのです。
 まず誰もが酷いと思うことは登場人物たちの描き方でしょう。原作に比べ、主人公のライト(原作における夜神月)が普通の人間の域を出ていない点は評価できます。もちろん原作の重要なエッセンスでもありますが、夜神月の天才ぶりは上記のバカバカしさを象徴するポイントであったのも事実です。それに対し、今作ではライトが徐々に冷徹な殺人鬼になっていく点が(少しだけではありますが)垣間見え、『DEATH NOTE』という題材のポテンシャルの大きさに改めて気付かされました。しかしながら、それ以外は最低の一言で片付けられます。「デスノート」の真の持ち主である死神のリューク(ウィレム・デフォーが完璧な声色で演じてくれます)と出会った時の素っ頓狂な叫び声を聞けば、この映画の行く末に絶望しないわけにはいきません。それ以外も行動に主体性があるとは言えず、なぜこんな人物が100分の上映時間の間主人公扱いされているのか首を傾げずにはいられないでしょう。
 そしてライトが割りを食う結果になったのに対し、サイコパスとしてグイグイ主張してくるミア(原作における弥海砂)もまた原作の良さを潰しています。ミサのことを道具としてしか見ていない月と、狂信者的に月を盲信するミサの歪んだ関係性もまた、魅力の一つであったのにもかかわらず、ここでの2人はどこにでもいる殺人カップルにすぎません。さらにライトからカリスマ性が失われた分、彼女の殺人への信奉ぶりが悪い方向へと暴走し、ストーリーにおけるチープなスリルにも見事に貢献してくれます。
 最後に主人公の好敵手となるべき探偵L。原作では、風変わりで社会性が無いように見えるものの、奥底に秘めた冷静さと執念が読者を惹きつけて離しませんでした。ところがハリウッド版では脚本の組み立ての甘さにより、自分のことを天才だと思い込んでいるとんだ勘違い男に変貌を遂げてしまいました。尺の都合もあるのだとは思いますが、割と序盤から大した推理もなくライトを犯人だと決めつけ、ストーキングを繰り返し、終盤では私怨でライトを追い詰めるただのプッツン男に成り果ててます。原作そして日本版では月とLの邂逅が見ものでしたが、この映画でそれを期待してはいけません。オツムの足りていない2人が、言葉を覚えたての2歳児のように、一生懸命会話のようなものを繰り広げている場面しかありませんから。

 もちろん上記3人に全ての責任があるわけではなく、基本的には脚本家の原作への無理解が全ての原因には違いありません。いかに「デスノート」のルールが緻密に組み立てられていたか、そこを主軸とするプロットの優秀さが懐かしく思えてくるほどに、稚拙でIQの低いストーリーが終始展開されます。この手の映画で最もしてはならない「観客に疑問を抱かせる」という悪手を、製作陣はぴったり選んでしまっているのです。
 ですが、アダム・ウィンガードの監督としての手腕はあるのだと思います。日本での実写版では今ひとつ足りていなかった一つの映画としての見せ方はこちらの方が遥かに優っており、ライトの悪夢を表すかのような構図や鬱屈した映像は魅惑的と言えるまでの仕上がりです。自らのトレードマークである過激なゴア描写も彼は忘れていません(とはいえ、脚本上不要なものであることは明らかですが)。
 終盤に進めば進むほど、ただでさえ良いとは言えないストーリーに粗が出てきて、クライマックスは間違いなく失笑ものです。そしてエンディングに近づいた時、苦しみから解放されたいがために、最後に書き込まれる名前が自分であることを誰もが願わずにはいられないでしょう。

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